Archive for October, 2008|Monthly archive page

JAZZライブ


行きつけの立ち飲み居酒屋でのJAZZライブ(2回目)。今回はお客さんも倍増!。あまりの多さにちょっとためらいましたが、すでに飲んでいたので全然OKw。撮影に夢中になっていたので、お客さんの邪魔になっていたと思います。メンバーとも歓談し、とても楽しい夜でした。

経済情勢の先行きが気掛かり

このところ経済情勢の先行きが気掛かりでしょうがなく、別に株をやっているわけでも世界情勢に敏感だったわけでもないのだけれど、米発金融危機はただごとじゃなくってすぐにでも無視できない痛手を自分も何らかの形で被る日がひしひしと近づいてくるようで、それは怖いもの観たさのような、死刑宣告のような終末観なのか良く分からないムズムズとした気分でどうもに落ち着かず、信頼できそうなブロガーの見解を探したり新聞を読んだりしているのだが一向に実態がつかめなくって日に日に不可解な生態にも感じられ、連日報じられる株価の浮き沈みや公的資金注入なんかほんの「場しのぎ」であって確実に深部は病んでいて後戻りできない破綻が随所にちらばっていてもはや全ては秒読みなんだという結局はオカルト的なまでの戦慄を妄想するのがせいぜいだった。

それにしても、この週明けで株価が1日に10%以上上がったからって、「金融危機は終わりつつある」と考えるのは無理がありますよね。ウソでも投資家を信じさせられれば、ばれない限り事実と同様に相場の上昇を引き起こせるといった発想自体が、すでに終わってしまったレバレッジ金融をいまだ追い求めている証拠なのでしょうか・・。起きてしまった事実として、米投資銀行の主だった5行とも倒産または廃業決定しちゃったのだから、10兆ドル規模といわれるレバレッジ金融は確実に小さくなること、その「現実」が意味することは日本の失われた10年なんかの程度じゃないことはやはり終末観に襲われます・・・。10兆ドルに対して7000億ドルが少ないのか、そんな想像はもう僕らには無理な話で、例えばアイスランドの大手銀行が英など他のEU諸国で事業を積極拡大した結果、自国GDPの数倍の資産を持った状態で潰れかけいるとか、そんな話ばかり。一般常識などはるか以前に追いつかない状態なのですから、いまさら「現実」を追いかけても滑稽だと捉えることしか救う道がないのかも・・。

決壊

015決壊●平野 啓一郎 (著)

人間は、決して完結しない、輪郭のほどけた情報の束だよ。生きている以上、常に俺の情報は増え続けるし、色んな場所、色んな時間に偏在する俺という人間の情報を、すべて把握するなんて、土台、出来るはずがない!

初めて人と会う。その瞬間から、双方の人格は政治化される。コミュニケーションの中で、相手が俺をどう思うか、俺が相手をどう思うか。それは、フェアな合意形成の道筋を辿らないよ。絶対に、ね。 (作中引用)

忙しさにかまけてしばらく鞄の中に入れていて、この重さですっかり新しい仕事ケースのポケットが本の形に鋳型されていく姿を不当に思ってなんとか上巻を読み進めていたら、下巻はあっという間だった。

突然奪われた家族の生、その不在感を、やがて消え行く記憶の過程を、コツコツと書き連ねる部分はとても興味深かった。

このように生真面目な文章というか、細部に忠実な表現というのか、ミステリー的な表現をとっているからこそ際立つ純文学系の「感覚的に語りえない部分」について触れていく手さばきに圧倒された。